聖書には、「神の民(かみのたみ)」という言葉がたびたび登場します。では、神様の民とはどのような人々を指すのでしょうか?
聖書は、神の民について非常に重要な意味を持って語っています。なぜなら、神の民こそが神様から守られ、祝福を受ける存在だからです。例えば、旧約時代にイスラエルの民がエジプトから解放され、約束の地に導かれたのも、彼らが神の民として選ばれていたからです。
神の民には特別な守りと導きがあります。それは単なる宗教的な概念ではなく、実際に歴史の中で証明されてきました。
では、現代において私たちはどうすれば神の民と認められるのでしょうか?もし、神の民が今も存在し、特別な祝福と守りを受けているとしたら、私たちもその一員になりたいと思いませんか?
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| どうすれば神の民として認められるのか? |
神の民と新しい契約
聖書では、神の民とは神様との契約を守る人々を指しています。旧約時代には、モーセを通して神様とイスラエルの民が「律法」に従う契約を結びました。その結果、律法を守る者たちが神の民とされ、特別な祝福と守りを受けていました。しかし、聖書には新しい契約が神の民の印となる預言が記されています。
見よ、わたしはイスラエルの家およびユダの家と新しい契約を結ぶ日が来ると主は言われる。この契約は、わたしが彼らの先祖の手を取り、エジプトの地から導き出した日に結んだ契約とは異なる。わたしの律法を彼らの内に置き、その心に記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。―エレミヤ書 31:31-33 新共同訳
この預言は、心に記される新しい契約が新約時代に成し遂げられることを示しています。では、エレミヤ書で預言された新しい契約とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
イエス・キリストが示された新しい契約
過越祭はもともと、古代イスラエルの民がエジプトから救い出された出来事を記念する祭りです。出エジプト記に記録されているこの祭りは、神様の守りによって災いから救われた象徴でした。
この過越祭は、旧約時代にイスラエルの民が神の民として認められる重要な契機でした。そしてイエス・キリストは、この過越祭を通じて新しい契約を示されました。
過越祭のパンは、イエス様の体を象徴し、葡萄酒は、イエス様の血を象徴しています。イエス様は、この過越祭を新しい契約の核心として示され、その日を守ることが神の民としての証であると約束されました。
旧約時代の過越祭がイスラエルの民を災いから救ったように、新しい契約の過越祭は、私たちを罪から救い、神の民として認められる道です。
つまり、新しい契約の核心は「過越祭」にあります。この過越祭を守ることが、真の神の民としての証なのです。

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