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母なる神様、天の母は誰ですか?(2)

キリスト教徒は普通、神様のことを「天の父」と呼んでいます。そして、神様は父なる神様のお一人でおられるという固定観念にとらわれて、聖書の正しい教えを受け入れようとしない場合があります。今回はイエス様の御言葉と「言葉の意味」を通して、天の母の存在を確認してみましょう。


父、子供がいる男性


だから、こう祈りなさい。 『天におられるわたしたちのよ、 御名が崇められますように。 ー マタイによる福音書 6:9 新共同訳


イエス・キリストは神様に祈るとき、神様に向けて私たちの父よと祈るように教えられました。“父”は、子供がいる男性のことを言います。子供がいない男性に「お父さん」と呼べますでしょうか?子供なしでペットを飼っている人に向けて「OOちゃんのパパ」と呼ぶことも、その人が飼っているペットのことが子供ということでパパやママと呼べるわけです。






神様が「私たちの父」と呼ばれるということは、神様に子供がいるという意味ではないでしょうか?神様のことを父と呼ぶ子供がいるという意味です。


…主は仰せになる。 『…わたしはあなたがたを受け入れ、となり、 あなたがたはわたしの息子、娘となる。』  ― コリントの信徒への手紙二 6:17-18 新共同訳


男性を「お父さん」と呼ぶ子供が存在するためには、その子供の母がいるべきです。男性が一人で子供を産むことは不可能です。母親なしで自分で生まれてきた子供はいません。子供がいなければ、男性は父と呼ばれません。つまり「父」という呼び名は、母がいてこそ初めて生じるものであります。


それなら、父なる神様という呼び名があるということは誰の存在を知らせているのでしょう。




このように、聖書は私たちになる神様だけではなく、母なる神様もいらっしゃることをきちんと教えています。





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