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復活祭の本当の意味 (3)

復活祭がいつか正確に知るためには、まずイエス・キリストが亡くなった出来事について理解する必要があります。復活は、まず死があったという事実があってこそ成り立つからです。聖書では、イエス様が最後の晩餐を行った時点から、イエス様の死と復活の日に関する詳細な記録を見つけることができます。




聖書における復活祭の日付はいつ?


マタイによる福音書26章、マルコによる福音書14章、ルカによる福音書22章には、イエス・キリストがユダヤ歴1月14日の過越祭の夕食の際に最後の晩餐を行い、イエス様の死を記念するように言われた状況が記録されています。レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵画『最後の晩餐』は、この過越祭の儀式を描いた作品です。


イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。 

…それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」 食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。― ルカによる福音書 22:15, 19-20 新共同訳


イエス・キリストは十字架で苦しむ前、過越祭の夕食の際に「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である」とおっしゃいながら弟子たちにパンを裂き、また葡萄酒を杯に注いで「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血である」と言われました。


イエス・キリストは過越祭の夜にローマの兵士たちに捕らえられ、翌日の除酵祭(ユダヤ暦1月15日)に亡くなりました(マタイによる福音書27:44ー50)。そして、安息日を過ぎて3日後の日曜日の早朝に復活されました。


さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。 

…天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。… ― マタイによる福音書 28:1, 5-6 新共同訳


イエス・キリストが亡くなる状況と復活する場面で過越祭と除酵祭が言及されており(マタイによる福音書26:17-19、マルコによる福音書14:12)、除酵祭が過ぎた後の最初の日曜日にイエス様が復活されたことが聖書に説明されています。言い換えれば、過越祭と除酵祭が復活祭の日付の基準となっているのです。過越祭と除酵祭の日付が分かれば、自然に復活祭が正確にいつであるかも分かるようになります。


復活祭の日付の基準になる過越祭と除酵祭


聖書では過越祭はユダヤ暦1月14日の夕方で、除酵祭は15日です(レビ記23:5ー6)。また、初穂祭は除酵祭の後の最初の日曜日にあたります。イエス・キリストが眠っている者たちの『初穂』として復活された日が、この初穂祭の日と一致しているのです(レビ記23:10ー11、コリントの信徒への手紙第一15:20)。結局、聖書の教えに従って復活祭を記念するためには、その基準となる過越祭の日付を知らなければなりません。



復活祭の本当の意味 (1)
復活祭の本当の意味 (2)
復活祭の本当の意味 (3)
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