復活祭という祭りは、イエス・キリストがそうであったように、私たちもイエス様のように復活を通じて永遠の命を得ることができるという約束を受けた日です。復活できるという希望は、私たちが信仰生活を送る中で直面する困難を乗り越えるための力となることもあります。このように復活の約束が込められた復活祭は、当然、復活の権能をお持ちの神様が定めた日を祝うのがふさわしいのではないでしょうか。
律法を定め、裁きを行う方は、おひとりだけです。この方が、救うことも滅ぼすこともおできになるのです。ー ヤコブの手紙 4:12 新共同訳
聖書は、法律を定めるのはただ一人、キリストであると教えています。つまり、キリストが定めた法律だけが救いを約束する効力を持つということです。復活祭を記念することも例外ではありません。聖書を確認すると、復活の希望が約束された復活祭の日付は、「除酵祭の後の最初の日曜日」であることがわかります(レビ記23:10-11、コリントの信徒への手紙一15:20)。神様ではなく、ローマ皇帝や一部の人々が勝手に設定した日付に復活の約束が含まれているわけがありません。
聖書の至る所には、キリストの法を犯した者たちが滅びるという記録があります(マタイによる福音書 7:21-23, 13:40-42)。神様はなぜこのような警告を聖書に記録されたのでしょうか?
神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。ー テモテへの手紙一 2:4 新共同訳
神様は人類が救われることを望んでおられ、すべての人が救われるように、喜んで過越の子羊の予言の実体となり、命をささげてくださいました。そして、信徒たちが復活を確実に信じることができるように証拠として「除酵祭の後の最初の日曜日」に復活されました。
神様を信じ、信仰を持つ者であれば、イエス様が復活された日が正確にいつであるか、またイエス様の復活を記念するためにどのような儀式を行うべきかをしっかりと理解し、実行すべきです。

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