私たちは、日常の中で数え切れないほどの無数の関係を結んだりなくしたりしながら生きて行きます。それほど大切にした友達が一瞬で他人事になってしまったり、別に視界にも入ってなかった人に救われたり、いくら慰めてあげても相手に届かなかったり、くだらない一言ですごく嬉しくなったりしたことがあると思います。
その中で、思いかけず相手を傷つけることをしたり、自己中心的な行動をして罪悪感を感じるとき、自分の行動に対する言い訳をするようになります。それとも、自分の心の安らぎのため相手に謝ったりもします。ここで、その言い訳と謝りが「免罪符」にはなれるわけではないと言えるでしょう。
もしくは、すごく大変だったから、このくらいのデザートは大丈夫!と自分にささやきながら,ダイエットに失敗することを合理化してしまったことはありませんか?夜食コンビニでニヤニヤ財布を開けてきた後、今会社のせいで精神的にあまりにもきついから、これらのせいで貯金ができないと自分なりの免罪符を挙げてしまったことはないんですか?
今回は、この「免罪符」について調べて見たいと思います!🤣🤣🤣
贖宥状とは?
贖宥状(indulgentia、indulgence、免罪符)は、16世紀カトリック教会で、金銭や財物を捧げた人の罪の償いを軽減することを証明するために法王の名前で発行した証明書を指します。日本においては免罪符とも呼ばれ、罪を許す行為そのものを指すこともありました。
贖宥状がセールスポイントになった背景
罪の贖宥が制度としてできたのは、11世紀の十字軍遠征の時でした。 ローマ法王ウルバヌス2世(Urbanus II)は、キリスト教の聖地奪還を目的に戦争を起こしました。 彼は十字軍遠征への参加を促すために、遠征に参加して戦死したり無事に帰還してくる人々に罪を免除すると公表しました。
戦争を行うには莫大な費用がかかります。十字軍遠征(以下、戦争と称す)の時も同じでした。 ウルバヌス2世は法王の権限で直接戦争に参戦せず、戦争のための寄付金を出した人々にも同様に罰を免除する(以下、贖宥と称す)と宣言しました。
これで資金を持っている人や貴族たちがお金を出し始めるようになりました。 法王の贖宥状とお金が結合し始めたのです。 その後、法王カリクタス(Calixtus)は、「煉獄にいる魂も贖宥状によって救われる」と宣言することで贖宥状の販売を煽ったのです。

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