贖宥状の値段
贖宥状は身分によって異なる価格で販売されました。一般庶民は1枚当たり1/4フローリンを払わなければなりませんでした。 今のお金に換算すると一万円程度になりますが、当時ならこのお金で6ヵ月分の家賃を払うことができ、子牛3頭を買うことができました。 庶民がこの金額を貯めるには、数ヵ月間一銭も使ってはいけませんでした。
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一方、テッツェル(Johann Tetzel)は魂の救いを担保に供して得た収益の半分は聖ペトロ大聖堂の再建に使い、半分は高位神父らとともに一定の分け前を取りました。 カトリック辞典は次のように述べています。
この慣行は大きな危険をはらんですぐ溢れる悪の根源になってしまったので···お金をかき集める方便である贖宥状は営利の手段としてお金を目的に働く聖職者によって活用され···その乱用が楽になった。ーThe Catholic Encyclopedia. 第7巻, P. 786~787, “贖宥状”
マルティン·ルターの登場
見かねたドイツの司祭、マルティン·ルター(Martin Luther)が我慢できず行動を起こしました。 彼が住んでいたヴィッテンベルク(Wittenberg)にまで贖宥状の販売の風が吹いてきたからです。 ルターは1517年10月31日、ヴィッテンベルク聖教会正門に贖宥状と煉獄に対する反論を骨子案とした「95ヶ条の論題」を掲げ、公開討論を要求しました。 すると、法王レオ10世はマルティン·ルターを破門させました。 その後、トリエント公会議(Council of Trient)で贖宥状の弊害が言及され、贖宥状の販売は次第に消えていきました。
聖書はただだ神様けが罪を赦すことができると記録しています(マルコによる福音書2:1-12)。罪の赦しと救いの恵みは、キリストの血によってなされるものです。(エフェソの信徒への手紙1:7、マタイによる福音書26:28)。 お金を払って購入できるものではありません。 数多くの魂を対象に「罪の許し」をキャッチコピーで活用し、金儲け商品として取り引きした教会の指導者たちの罪の代価は、神様に億万金を捧げるとしても免罪されないでしょう。

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