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その十字架、本当に必要ですか? (1)

 教会に通ったことがない方でも、「教会」と聞けば十字架を思い浮かべる方は多いのでしょう。それほどに、十字架はキリスト教の象徴として広く知られています。


教会の象徴と思われる十字架


しかし、聖書にはこの「十字架」に関して、意外な教えが記されていることをご存じでしょうか。特に、神様が与えられた大切な律法である「十戒(じっかい)」の中には、十字架に関連する重要な戒めが存在します。


この記事では、「十戒」の中でも第二戒に焦点を当てながら、十字架との関係についてわかりやすく解説していきます。


十戒とは?そして第二戒とは?


「十戒(じっかい)」とは、神様が人々に与えた十の戒めのことを指します。これは人間が神様との正しい関係を築くための、基本となる教えです。その中でも、第二戒では特に「偶像」に関する厳しい戒めが述べられています。聖書には、次のように書かれています。

あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、地の下の水の中にあるものの、いかなる形をも造ってはならない。あなたはそれらにひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。あなたの神、主であるわたしは、熱情の神である。― 出エジプト記 20:4-5 新共同訳


この戒めは簡単に言うと、「どんな形であっても偶像を造ったり、それに仕えたりしてはならない」という神様の明確な命令を示しています。


「十字架」は第二戒に違反している?


ここで一つ、疑問が浮かびます。「十字架を教会に掲げることは問題ないのでは?」と。しかし聖書には次のような言葉も記されています。

あなたたちはわたしと共に天から語られたのを見た。あなたたちはわたしの傍らに、銀や金の神々を造ってはならない。― 出エジプト記 20:23 新共同訳


この言葉からわかるように、人間の意思や気持ちに関係なく、「形あるもの」を造ること自体が禁じられているのです。つまり、たとえ神様を敬うつもりであっても、十字架を造って飾ること自体が、第二戒に反する行為なのです。


では、聖書が語る「偶像」とは何なのでしょうか?


次の記事では、偶像の意味と、それを避けるための真の信仰について詳しく見ていきます。




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