改めて「偶像」とは何かを整理しておきましょう。偶像とは、神様ご自身ではない「形あるもの」に特別な意味や力を見出して崇拝する対象を指します。それがどれほど美しく、敬虔な意図で作られたものであっても、人間の手で造られたものは、すべて偶像とみなされるのです。十字架も例外ではありません。
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| 本当に何の特別な意味もなく、ただ飾っているだけだと言えますか? |
神様の警告とその深い意味
神様はなぜここまで強く偶像を禁じたのでしょうか?聖書にはさらにこう書かれています。
あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、地の下の水の中にあるものの、いかなる形をも造ってはならない。あなたはそれらにひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。あなたの神、主であるわたしは、熱情の神である。わたしは、私を憎む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、私を愛し、戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。―出エジプト記 20:4-6 新共同訳
神様は、わたしたちが目に見えるものに心を奪われてしまう危険性をよくご存じです。だからこそ、「目に見えるもの」を信仰の対象とせず、目に見えない神様ご自身だけを信じる信仰を求められたのです。
目に見える「形」を造り崇めること自体が、神様への信頼を損なう第一歩となり得ると警告されているのです。
真の信仰とは何か?
では、私たちはどのように第二戒を守るべきでしょうか。それは、「形」や「象徴」ではなく、目に見えない神様そのものを心から信じ、従うことです。十字架を見て安心感を得る信仰ではなく、神様の言葉(聖書)に従い、神様だけに心を向ける信仰を持つことが求められています。
人間の目に見えるシンボルに頼るのではなく、目に見えない神様との直接的な関係を大切にする―これこそが、神様が求められる真の信仰です。
この記事では、「十戒」の第二戒に焦点を当て、十字架との関係について考えてきました。
神様は、どんな理由であれ「形あるもの」を造ることを禁じられました。それは、わたしたちが真に神様に心を向けるためです。
あなたにとっての「信仰」とは、どのようなものでしょうか?「目に見えるもの」に頼る信仰ではなく、目には見えない神様を心から信じる信仰を、ぜひ考えてみてください。


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