高橋洋子さんが歌ったエバンゲリオンのオープニングテーマの『残酷な天使のテーゼ』という曲を聞いたことがありますか?日本だけでなく世界的にも有名な曲だと知っていますし、私も結構好きです。この「テーゼ」という言葉、なんかカッコイイ!と思った方々多くいらっしゃると思いますが、このテーゼが使われた一番有名なケースはやはりマルティン・ルターの「95ヶ条の論題」でしょう。
Martin Luther's 95 Theses
一回でも西洋史の勉強をしてみたことがある方なら、キリスト教と関連のない西洋史は存在しないということにもう気付いているはずです。それほどキリスト教と西洋史の関係は深いのですが、今回のシリーズはマルティン・ルターの「95ヶ条の論題」のことについて考えてみたいと思います。
マルティン·ルター(Martin Luther)はカトリック司祭であり、ドイツのヴィッテンベルク大学で神学教授として勤めていました。彼は1517年10月31日、ヴィッテンベルク大学内の教会正門にカトリックに対する抗議書を貼りました。それが「95ヶ条の論題」です。彼がこの抗議書を書くようになった背景について調べて見ましょう。
「95ヶ条の論題」の背景
1506年頃、ローマ法王レオ10世はサン・ピエトロ大聖堂を建てるための資金を確保するため本格的に贖宥状の販売を施行しました。ローマ・カトリック教会は「贖宥状さえ買えば、すべての罪はなくなり、死んだ家族や友人の魂も煉獄から救うことができる」と言い、信者らに贖宥状の購入を勧めました。 これだけでなく、司祭職を金で売買したり、カトリック教会の腐敗と贖宥状販売は頂点に達していました。
ドイツのヴィッテンベルクの司祭だったマルティン·ルターは、このようなローマ・カトリック教会の腐敗と商業的な贖宥状の販売は教理的に間違っていると判断しました。 魂の救いがお金で買えるという教理は、聖書の教えだとはとても信じ難かったからです。 この状況に対する抵抗として彼は1517年10月31日、ヴィッテンベルク大学の内にある教会の大門に「95ヶ条の論題(95 Theses)」を掲示しました。
▶ マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (1)
▶ マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (2)
▶ マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (3)
▶ マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (4)
▶ マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (5)
▶ マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (6)

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