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マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (3)

この記事では、マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 の命題の21番から40番までをご紹介いたします。原題はラテン語で書かれており、「Disputatio pro declaratione virtutis indulgentiarum(贖宥状の有効性についての議論)」です。 この文書は贖宥状の問題点を指摘し、聖書の教えを超えて商業化された教会の腐敗を批判しています。

※ 下記の内容は、筆者が直接ラテン語の原文と英語の翻訳版を比較して作成しましたので、無断で盗用しないでください。




命題


21. Errant itaque indulgentiarum praedicatores ii, qui dicunt per Papae indulgentias, hominem ab omni poena solvi et salvari.

従って、法王の贖宥によって人がすべての罪から赦免され、救われると言う説教者・伝播者たちは間誤っているのです。

22. Quin nullam remittit animabus in purgatorio, quam in hac vita debuissent secundum Canones solvere.

法王は、煉獄にいる魂に対して、この生で彼らが支払わなければならなかった罪のどれも赦免することはできません。

23. Si remissio ulla omnium omnino poenarum potest alicui dari; certum est eam non nisi perfectissimis .i. paucissimis, dari.

もし誰か全ての罪の赦免を与えることができれば、それはごく僅少な最も完全な人のみ与えられるということは確かです。

24. Falli ob id necesse est, maiorem partem populi: per indifferentem illam et magnificam poenae solutae promissionem.

つまり、ほとんどの人が罰の免除についての無差別で誇張された約束によって欺かれたことは明らかです。

25. Qualem potestatem habet Papa in purgatorium generaliter talem habet quilibet Episcopus et curatus in sua diocesi, et parochia specialiter.

法王が一般的に煉獄に対して持つ権限は、ある司教や本堂司祭が自分の教区や本堂内で持つ権限のよう、どの司教も主任司祭も持っています。

26. Optime facit Papa, quod non potestate clavis (quam nullam habet) sed per modum suffragii, dat animabus remissionem.

法王が煉獄にいる魂に法王が持っていない鍵の権限ではなく、仲裁の方法で免除を許すことが至当であります。

27. Hominem praedicant, qui statim, ut iactus nummus in cistam tinnierit, evolare dicunt animam.

彼らは箱の中へ投げ込んだ金がチャリンと鳴るや否や、魂が煉獄から飛び上がると人を宣べ伝えていいます。

28. Certum est, nummo in cistam tinniente, augeri quaestum et avariciam posse: suffragium autem ecclesiae est in arbitrio dei solius.

お金が箱の中でチャリンと鳴ると、利益と貪欲が増加できることは確かですが、教会のなすべきところではありません。教会の仲裁結果はただ神の権限だけにかかっています。

29. Quis scit si omnes animae in purgatorio velint redimi, sicut de sancto Severino et paschali factum narratur.

煉獄にあるすべての魂が聖セベリヌスと聖パスカルの伝説のように、自分たちが煉獄から贖われることを願っているか知るよしもありません。

30. Nullus securus est de veritate suae contritionis, multo minus de consecutione plenarie remissionis.

誰も自分の痛悔(コンチリサン、悔い改め)が真実であると確信することはできず、まして自分が完全な赦免を得たかどうかはなおさらです。

31. Quam rarus est vere penitens, tam rarus est vere indulgentias redimens, i. e. rarissimus.

真に悔い改める者がまれであるように、真に贖宥を買う者もまれです。 言い換えれば、そのような人々は非常にまれです。

32. Damnabuntur ineternum cum suis magistris, qui per literas veniarum securos sese credunt de sua salute.

贖宥状を受けたことで自分の救いが確かであると信じる人々は、彼らの教師たちと共に、永遠に浄罪されるでしょう。

33. Cavendi sunt nimis, qui dicunt venias illas Pape donum esse illud dei inestimabile, quo reconciliatur homo deo.

法王の贖宥が人を神様と和解する貴重な神の賜物であると言う人を、警戒しなければなりません。

34. Gratie enim ille veniales tantum respiciunt penas satisfactionis sacramentalis ab homine constitutas.

なぜなら、この「贖宥の恵み」は人によって制定された償罪の罰だけ該当するからです。

35. Non christiana predicant, qui docent, quod redempturis animas vel confessionalia non sit necessaria contritio.

煉獄から魂を救いだしたり、あるいは告解証を買おうとしてる者に、悔い改めが不要であると教える人たちは、キリスト教の教理を伝播するのではありません。

36. Quilibet christianus vere compunctus habet remissionem plenariam a pena et culpa etiam sine literis veniarum sibi debitam.

真に痛悔した全てのキリスト教徒は贖宥状がなくても、罪と罪責の完全な赦免を受ける権利があります。

37. Quilibet versus christianus, sive vivus sive mortuus, habet participationem omnium bonorum Christi et Ecclesie etiam sine literis veniarum a deo sibi datam.

全ての真のキリスト教徒は、生死に関わらず、神様から与え給うた教会の祝福に与っていて、これは贖宥状がなくても神様が彼に許したことです。

38. Remissio tamen et participatio Pape nullo modo est contemnenda, quia (ut dixi) est declaratio remissionis divine.

それにもかかわらず、法王が与える赦免と伝達とは決して侮蔑してはなりません。 なぜなら、それらはすでに述べたように、神の赦免の宣言するものだからです。

39. Difficillimum est etiam doctissimis Theologis simul extollere veniarum largitatem et contritionis veritatem coram populo.

最も博学な神学者でさえ、贖宥の寛大さと真の悔い改めの必要性を同時に人々に勧めることは非常に難しいです。

40. Contritionis veritas penas querit et amat, Veniarum autem largitas relaxat et odisse facit, saltem occasione.

真の悔い改めは罰を求めこれを愛するが、寛大に与えられた贖宥は罰を緩和させるだけであり、少なくとも罰を嫌がったりする機会を提供するだけす。



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