スキップしてメイン コンテンツに移動

マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (4)

この記事では、マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 の命題の41番から69番までをご紹介いたします。原題はラテン語で書かれており、「Disputatio pro declaratione virtutis indulgentiarum(贖宥状の有効性についての議論)」です。 この文書は贖宥状の問題点を指摘し、聖書の教えを超えて商業化された教会の腐敗を批判しています。

※ 下記の内容は、筆者が直接ラテン語の原文と英語の翻訳版を比較して作成しましたので、無断で盗用しないでください。




命題

41. Caute sunt venie apostolice predicande, ne populus false intelligat eas preferri ceteris bonis operibus charitatis.

使徒的贖宥は人々が愛の善良な他の行為より贖宥をより好むことができると誤解されないよう、注意深く伝えられなければなりません。

42. Docendi sunt christiani, quod Pape mens non est, redemptionem veniarum ulla ex parte comparandam esse operibus misericordie.

キリスト教徒は、法王が贖宥状の購入を憐れみの行為といかなる方法でも比較しようとしないことを教えられなければなりません。

43. Docendi sunt christiani, quod dans pauperi aut mutuans egenti melius facit quam si venias redimeret.

キリスト教徒は貧しい者に施し、必要な者に貸すことが、贖宥を買うよりも良い行いをしているということを教えられなければなりません。

44. Quia per opus charitatis crescit charitas et fit homo melior, sed per venias non fit melior sed tantummodo a pena liberior.

なぜなら、愛は愛の行為によって育ち、人はより良くなりますが、贖宥によっては人はより良くならず、ただ罰から自由となるに過ぎません。

45. Docendi sunt christiani, quod, qui videt egenum et neglecto eo dat pro veniis, non idulgentias Pape sed indignationem dei sibi vendicat.

キリスト教徒は、助けが必要な人を見ても度を越して贖宥に金銭を払う人は、法王の贖宥状ではなく、神の怒りを購入することであることを教えられなければなりません。

46. Docendi sunt christiani, quod nisi superfluis abundent necessaria tenentur domui sue retinere et nequaquam propter venias effundere.

キリスト教徒は、彼らが有り余るほどの金持ちでない限り、自分の家族に必要なものを残して、絶対にそれを贖宥のために浪費しないように教えられなければなりません。

47. Docendi sunt christiani, quod redemptio veniarum est libera, non precepta.

キリスト教徒は、贖宥の購入が命令ではなく、自由意志の問題であることを教えられなければなりません。

48. Docendi sunt christiani, quod Papa sicut magis eget ita magis optat in veniis dandis pro se devotam orationem quam promptam pecuniam.

キリスト教徒は、法王が贖宥を与える時、金銭の額以上に彼らの熱心な祈りをより求め、望んでいるということを教えられなければなりません。

49. Docendi sunt christiani, quod venie Pape sunt utiles, si non in eas confidant, Sed nocentissime, si timorem dei per eas amittant.

キリスト教徒は、法王の贖宥状に頼らないのであれば有益でありますが、これによって神への恐れを失うことになれば全面的に有害だということを教えられなければなりません。

50. Docendi sunt christiani, quod si Papa nosset exactiones venialium predicatorum, mallet Basilicam s. Petri in cineres ire quam edificari cute, carne et ossibus ovium suarum.

キリスト教徒は、法王が贖宥説教者たちの苛酷な取り立てを知っていたならば、聖ペトロ聖堂が羊の皮膚と肉と骨で建てられるよりはむしろ灰になることを願うということを学ばなければなりません。

51. Docendi sunt christiani, quod Papa sicut debet ita vellet, etiam vendita (si opus sit) Basilicam s. Petri, de suis pecuniis dare illis, a quorum plurimis quidam concionatores veniarum pecuniam eliciunt.

キリスト教徒は、法王が聖ペトロ聖堂を売ってまでも、贖宥状を売ってお金を巻き上げる一部の商人に取り立てを強要された多くの人々に自分のお金を渡そうとすることが、法王の希望であり義務だということを学ばなければなりません。

52. Vana est fiducia salutis per literas veniarum, etiam si Commissarius, immo Papa ipse suam animam pro illis impigneraret.

贖宥状による救いを信頼することは虚しいことです。 甚だしくは委任された者やいや、法王自身が自分の魂をかけて保証したとしても同じです。

53. Hostes Christi et Pape sunt ii, qui propter venias predicandas verbum dei in aliis ecclesiis penitus silere iubent.

他の教会で贖宥を説教するために、一部の教会で神の御言が完全に沈黙するよう要求する人々は、キリストの敵、法王の敵です。

54. Iniuria fit verbo dei, dum in eodem sermone equale vel longius tempus impenditur veniis quam illi.

同じ説教の中で、贖宥状のことが神様の御言と同等かそれ以上に時間を割かれるならば、それは神様の御言を不正することです。

55. Mens Pape necessario est, quod, si venie (quod minimum est) una campana, unis pompis et ceremoniis celebrantur, Euangelium (quod maximum est) centum campanis, centum pompis, centum ceremoniis predicetur.

非常に些細なことである贖宥状が一つの鐘、一つの行列、一つの儀式で記念されるならば、最も偉大なものである福音は百個の鐘、百個の行列、百個の儀式で伝播されなければならないというのが法王の意図でなければなりません。

56. Thesauri ecclesie, unde Pape dat indulgentias, neque satis nominati sunt neque cogniti apud populum Christi.

法王は「教会の宝物」から贖宥を与えていますが、キリスト教徒の中で言及されたり知られていません。

57. Temporales certe non esse patet, quod non tam facile eos profundunt, sed tantummodo colligunt multi concionatorum.

それらが一時的な宝物ではないことは明らかです。 なぜなら、説教者の多くがこの宝物はそれほど簡単に出さず、むしろ集めるだけだからです。

58. Nec sunt merita Christi et sanctorum, quia hec semper sine Papa operantur gratiam hominis interioris et crucem, mortem infernumque exterioris.

また、それらの宝はキリストと聖徒たちの功績でもありません。 なぜなら、法王がいなくても、それらは常に内面の人に恩恵を与え、外面の人には十字架、死、そして地獄をもたらすからです。

59. Thesauros ecclesie s. Laurentius dixit esse pauperes ecclesie, sed locutus est usu vocabuli suo tempore.

聖ラウレンティウスは教会の宝物が教会の貧者たちであると言いましたが、彼はその当時、彼の時代の語法によってそう言ったのです。

60. Sine temeritate dicimus claves ecclesie (merito Christi donatas) esse thesaurum istum.

私たちはキリストの功労で与えられた教会の鍵がまさにその宝物だと言いますが、無思慮に言っているのではありません。

61. Clarum est enim, quod ad remissionem penarum et casuum sola sufficit potestas Pape.

なぜなら、罰と教皇の留保事項との赦免については法王の権限だけで十分であることは明らかだからです。

62. Verus thesaurus ecclesie est sacrosanctum euangelium glorie et gratie dei.

教会の真の宝は神の栄光と恵みの最も神聖な福音です。

63. Hic autem est merito odiosissimus, quia ex primis facit novissimos.

しかし、この宝は本質的に非常に不快であると考えられていますが、これは第一の者を最後の者とするためです。

64. Thesaurus autem indulgentiarum merito est gratissimus, quia ex novissimis facit primos.

他方、贖宥状の宝はは本質的に非常に受け入れやすいと考えられていますが、これは最後の者を第一の者とするからです。

65. Igitur thesauri Euangelici rhetia sunt, quibus olim piscabantur viros divitiarum.

したがって、福音の宝は彼らが本来富める人々を漁るために使用していた網です。

66. Thesauri indulgentiarum rhetia sunt, quibus nunc piscantur divitias virorum.

贖宥の宝は、今や人々の財物を漁るために使われる網です。

67. Indulgentie, quas concionatores vociferantur maximas gratias, intelliguntur vere tales quoad questum promovendum.

説教者たちが最も大きな恵みだと呼びたてている贖宥は、実際に利益を促進する限りにおいて、真に最大の恵みだと解されます。

68. Sunt tamen re vera minime ad gratiam dei et crucis pietatem comparate.

しかし、贖宥はは神の恵みと十字架の敬虔さに比べれば、実際に最も小さなものです。

69. Tenentur Episcopi et Curati veniarum apostolicarum Commissarios cum omni reverentia admittere.

司教と主任司祭(教区の神父)は、使徒的贖宥を委任されている者たちを尊敬を持って認める義務があるります。




コメント

このブログの人気の投稿

“最後の晩餐”は過越祭だった?聖書が語る真実とは

レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」は、キリスト教に詳しくない方でも、一度はご覧になったことがあるでしょう。イエス・キリストが弟子たちと共にとった“最後の食事”の場面として広く知られています。 しかし、この有名な晩餐が、実は聖書の「過越祭」だったということをご存じですか? この記事では、「最後の晩餐」と「過越祭」の関係について、聖書をもとにわかりやすく解説します。 「最後の晩餐」とは?|一般的な認識と聖書の違い 一般的に「最後の晩餐」と聞くと、イエス様が十字架にかかる前夜、弟子たちと過ごされた別れの食事という印象を持つ方が多いかもしれません。しかし、聖書にはこのように書かれています。 除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、「どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか」と言った。 ―マタイによる福音書 26:17 新共同訳 つまりこの食事は、単なる晩餐ではなく、神様が命じられた「過越祭」の食事だったのです。イエス様は弟子たちと共に、ご自分の掟どおりに過越祭を守られました。その中で、パンとぶどう酒を分け与えながら、こう仰いました。 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、それを裂いて弟子たちに与え、「取って食べなさい。これはわたしの体である」と言われた。   ―マタイによる福音書 26:26  新共同訳 これは、罪が赦されるようにと、多くの人のために流されるわたしの血、 契約の血である。 ―マタイによる福音書 26:28 新共同訳 ここでイエス様が示されたのは、「新しい契約」の過越祭です。それは、罪の赦しと永遠の命を与える神様の約束でした。 なぜ今も「過越祭」を守る必要があるのでしょうか?イエス様がご自身の命を懸けて教えてくださった「過越祭」は、現代のキリスト教徒にとっても、変わらず大切な意味を持っています。 多くの教会では、これをもとに「聖餐式」を行っていますが、本来の意味や時期を正しく守っている人は多くありません。イエス様が望まれた信仰の姿に立ち返るには、過越祭を守ることが必要です。それは、イエス様の愛と犠牲に心から応えるための、大切な信仰の実践です。 『最後の晩餐』は一夜限りの出来事ではない 最後の晩餐は、単なる一晩の儀式ではありませんでした。それは、永遠の命を与えるための新しい契約を立てる聖なる瞬間でした。 今を...

十字架、それは信仰か偶像か?聖書が語る真実 (1)

教会をイメージするとき、頭に浮かぶものは何でしょうか? やはり多くの人にとって、真っ先に思い浮かぶのは「十字架」ではないでしょうか。 実際、十字架はキリスト教のシンボルとして世界中で広く使われています。教会の建物や礼拝堂の中、さらにはアクセサリーやお守りのようにも扱われています。 しかし、聖書の中でこの「十字架」はどのように語られているのでしょうか?また、なぜそれほどまでに広く使われるようになったのでしょうか? この記事では、十字架の歴史的な意味について、聖書と歴史をもとにやさしく解説していきたいと思います。 十字架とはもともと何だったの? 十字架は、もともとローマ帝国で使われていた残酷な処刑道具でした。犯罪者や反逆者など、見せしめのために使われる最も屈辱的な刑罰の一つだったのです。十字架は祝福の象徴ではなく、「呪い」と「罰」の象徴だったのです。 ローマ時代の処刑道具、教会の象徴へ なぜ十字架が教会に定着したのか? 初期のキリスト教徒たちは、十字架を信仰の象徴として使っていませんでした。それは、イエス様が処刑された「苦しみと恥の道具」だったからです。 しかし、313年にローマ皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を公認(ミラノ勅令)したことをきっかけに、状況は変わります。 コンスタンティヌス1世はキリスト教を優遇する政策を推進し、皇帝の支持のもと、ローマ教会(カトリック教会)は急速に勢力を拡大しました。また、異教徒から改宗した信者たちの宗教的な習慣も積極的に受け入れ、その中で十字架崇拝が定着していったのです。 320年から345年の間、イエス・キリストが磔刑にされたとされる「聖なる十字架」が発見されたという伝承が生まれ、この出来事をきっかけに十字架は崇拝の対象として認められるようになりました。また、コンスタンティヌス1世が夢の中で十字架の啓示を受け、それによって戦争に勝利したという逸話も、十字架の象徴性を強める一因となりました。 教会内部に十字架が設置されるようになったのは431年頃であり、568年頃には教会の尖塔にも十字架が掲げられるようになりました。 十字架がキリスト教の象徴として確立された背景には、ローマ帝国の政策的な保護と、異教徒の習慣を受け入れる教会の適応がありました。初期のキリスト教徒にとっては恐怖の象徴であった十字架が、政治的な権威と結びつき、宗教的なシン...

クリスマスはイエスの誕生日?それとも太陽神の祝日?

 多くのキリスト教徒は、12月25日をイエス・キリストの誕生日として自然に祝っています。しかし、聖書にはそのような記述は一切ありません。では、この「12月25日」という日付はどこから来たのでしょうか?  この記事では、クリスマスに関するさまざまな資料を参考にしながら、その由来や背景について探っていきます。 12月25日がなぜイエス・キリストの誕生日とされたのか なぜクリスマスは12月25日なのか?背景を探る 多くの研究や文献によると、12月25日はもともと太陽の誕生日として祝われていた日でした。キリスト教がこの日をイエスの誕生日として採用した背景には、ローマ時代の宗教的慣習との関係があります。 ✅ 教会の見解 「ローマ暦では12月25日が冬至で、この日を太陽誕生の祝日として祝っていたそうです。教会はこの祭日を取り入れ、『正義の太陽』であるキリストの誕生の日として祝うようになったそうです。」―  カトリック中央協議会 ✅ 歴史的背景 “In the 3rd century, the Roman Empire… celebrated the rebirth of the Unconquered Sun (Sol Invictus) on December 25th. This holiday … followed the popular Roman festival called the Saturnalia (during which people feasted and exchanged gifts).” ― 『 Encyclopædia Britannica』 , “Why Is Christmas in December?”(2017) ✅ メディア報道 「冬至直後の12月25日を、希望の光をもたらしたキリストの誕生日と定めたのだそう。」―  毎日新聞 福岡版(2023年12月23日 朝刊)RKB毎日放送 「それは、小アジアで開かれた公会議『二ケア会議』。当時、ミトラ教が12月25日を太陽の誕生日として祝っており、キリスト教がこれを受け入れたとされる。」― まいどなニュース (2018年12月25日) 他の神々の習慣を真似してもいいのか? このような背景を知ると、12月25日をイエス様の誕生日として祝うことに、少し考えさせら...