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マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 (5)

この記事では、マルティン・ルターの「95ヶ条の論題」 の命題の70番から95番までをご紹介いたします。原題はラテン語で書かれており、「Disputatio pro declaratione virtutis indulgentiarum(贖宥状の有効性についての議論)」です。 この文書は贖宥状の問題点を指摘し、聖書の教えを超えて商業化された教会の腐敗を批判しています。

※ 下記の内容は、筆者が直接ラテン語の原文と英語の翻訳版を比較して作成しましたので、無断で盗用しないでください。



命題


70. Sed magis tenentur omnibus oculis intendere, omnibus auribus advertere, ne pro commissione Pape sua illi somnia predicent.

しかし、彼らはこれら委任されている者たちがが法王の命令ではなく、自分たちの夢を説教しないように、さらに注意深く見て耳を傾ける義務があります。

71. Contra veniarum apostolicarum veritatem qui loquitur, sit ille anathema et maledictus

使徒的贖宥の真理に反対して語る者は排斥され呪いとあれ。

72. Qui vero, contra libidinem ac licentiam verborum Concionatoris veniarum curam agit, sit ille benedictus.

しかし、贖宥の説教者の欲望と放恣に対して警戒する者には祝福あれ。

73. Sicut Papa iuste fulminat eos, qui in fraudem negocii veniarum quacunque arte machinantur,

法王は、何らかの方法であれ、策謀して贖宥取引の害を図る者に正当に雷で打ちます。

74. Multomagnis fulminare intendit eos, qui per veniarum pretextum in fraudem sancte charitatis et veritatis machinantur,

それより更に法王は聖なる愛と真理を害するために策謀して贖宥を口実として使う者たちにはさらに雷で打とう意図します。

75. Opinari venias papales tantas esse, ut solvere possint hominem, etiam si quis per impossibile dei genitricem violasset, Est insanire.

法王の贖宥があまりにも偉大で、たとえ神様の母親を侮辱する不可能な罪を犯しても、その人間を解放できるという考えは狂った考えです。

76. Dicimus contra, quod venie papales nec minimum venialium peccatorum tollere possint quo ad culpam.

逆に、私たちは法王の贖宥が罪責に関して最も些細な軽罪(ヴェニアリア・ペッカタ)さえも取り除くことができないと言います。

77. Quod dicitur, nec si s. Petrus modo Papa esset maiores gratias donare posset, est blasphemia in sanctum Petrum et Papam.

もし今の法王が聖ペトロだとしても、彼がこれ以上大きな恵みを与えることができないと言うことは、聖ペトロと法王に対する神聖冒涜です。

78. Dicimus contra, quod etiam iste et quilibet papa maiores habet, scilicet Euangelium, virtutes, gratias, curationum &c. ut Co. XII.

逆に、私たちは現法王とまたどの法王も、贖宥より大きな恵みを与えることができると言います。 福音、諸力、治癒の恵みなどがそれです。 これはコリントの信徒への手紙一12書に記録されています。

79. Dicere, Crucem armis papalibus insigniter erectam cruci Christi equivalere, blasphemia est.

贖宥の説教者によって建てられた法王の紋章を刻んだ十字架が、キリストの十字架と同等の価値を持つと言うのは神聖冒涜です。

80. Rationem reddent Episcopi, Curati et Theologi, Qui tales sermones in populum licere sinunt.

そのような話が人々の間に広がることを許容する司教、主任司祭(教区神父)、神学者たちは必ず責任を負わなければなりません。

81. Facit hec licentiosa veniarum predicatio, ut nec reverentiam Pape facile sit etiam doctis viris redimere a calumniis aut certe argutis questionibus laicorm.

このような贖宥についての気ままな説教は、学識のある人々でさえ法王に当然差し上げるべき尊敬を誹謗から、または平信徒の鋭い質問から求めることが容易ではないことにします。

82. Scilicet. Cur Papa non evacuat purgatorium propter sanctissimam charitatem et summam animarum necessitatem ut causam omnium iustissimam, Si infinitas animas redimit propter pecuniam funestissimam ad structuram Basilice ut causam levissimam?

すなわち、「もし教皇が、大聖堂建設のための最も汚れた金、最も卑し理由によって無数の魂を贖うとすれば、なぜ法王は聖なる愛とそこにいる魂が最も必要とするもの、全てのうちでも最も正しい理由によって煉獄をからにしないのであろうか。」

83. Item. Cur permanent exequie et anniversaria defunctorum et non reddit aut recipi permittit beneficia pro illis instituta, cum iam sit iniuria pro redemptis orare?

また、「死者のための葬儀ミサと命日ミサが続く理由は何だろうか。拘束された者のために祈ることがすでに不正であるのなら、なぜ法王は彼らのために捧げられた献財をを返さなかったり、回収することを許さなかったりするのであろうか。」

84. Item. Que illa nova pietas Dei et Pape, quod impio et inimico propter pecuniam concedunt animam piam et amicam dei redimere, Et tamen propter necessitatem ipsius met pie et dilecte anime non redimunt eam gratuita charitate?

また、「信仰のない敵対的な人が、金を出せば敬虔で神の愛する魂を煉獄で生きさせることを認めながら、敬虔で愛される魂自身の必要のためであるなら、これを無償の愛によって贖うことをいないような神と法王の新しい敬虔とはなんであろうか」。

85. Item. Cur Canones penitentiales re ipsa et non usu iam diu in semet abrogati et mortui adhuc tamen pecuniis redimuntur per concessionem indulgentiarum tanquam vivacissimi?

また、「すでに廃止されて死んだものとなっていた悔悛の教会法規が、なぜ贖宥の許可で、まるで生きていて効力があるかのように満足を与えて、金でもって請け出されているいるのか?」

86. Item. Cur Papa, cuius opes hodie sunt opulentissimis Crassis crassiores, non de suis pecuniis magis quam pauperum fidelium struit unam tantummodo Basilicam sancti Petri?


また、「今日、最も富める人々よりも豊かな財を持つ法王が、なぜ貧しい信者のお金ではなく、自分のお金で聖ペトロ教会を建築しないのか?」

87. Item. Quid remittit aut participat Papa iis, qui per contritionem perfectam ius habent plenarie remissionis et participationis?

また、「法王は全き痛悔によって完全赦免と恵みに与る権利と十分に持つ者に対して、何を赦免し、どのような参加を許可するのか?」

88. Item. Quid adderetur ecclesie boni maioris, Si Papa, sicut semel facit, ita centies in die cuilibet fidelium has remissiones et participationes tribueret?

また、「法王が今一日に一度することを百回もするとしたら、そしてどの信者にもこれらの赦免と参加を施すことができれば、それよりも大きな祝福が教会に訪れることができるだろうか。」

89. Ex quo Papa salutem querit animarum per venias magis quam pecunias, Cur suspendit literas et venias iam olim concessas, cum sint eque efficaces?

「法王が自分の贖宥による魂の救いを金より重視するなら、彼らは同じ効力を持っているのになぜ以前に承諾した文書と贖宥とを中断するのか? 」

90. Hec scrupulosissima laicorum argumenta sola potestate compescere nec reddita ratione diluere, Est ecclesiam et Papam hostibus ridendos exponere et infelices christianos facere.

以上のような論証と平信徒の不安感を力で抑えたり、理由を提示して解決しないことは、教会と法王を敵の嘲弄にさらし、信者を不幸にさせます。

91. Si ergo venie secundum spiritum et mentem Pape predicarentur, facile illa omnia solverentur, immo non essent.

従って、もし贖宥状が法王の精神と心によって説教されれば、すべてのこのような疑問は簡単に解決されるだろうし、むしろ存在することもないでしょう。

92. Valeant itaque omnes illi prophete, qui dicunt populo Christi 'Pax pax,' et non est pax.

だから、平和がないのにキリストの民に「平安、平和」と言う予言者はすべて立ち去るがよいでしょう。

93. Bene agant omnes illi prophete, qui dicunt populo Christi 'Crux crux,' et non est crux.

十字架がないのにキリストの民々に「十字架、十字架」と言うすべての預言者は祝福があるでしょう。

94. Exhortandi sunt Christiani, ut caput suum Christum per penas, mortes infernosque sequi studeant,

キリスト教徒たちは彼らの首であるキリストに罰と死、地獄を通じて熱心に従うように奨励されるべきです。

95. Ac sic magis per multas tribulationes intrare celum quam per securitatem pacis confidant.

そして、キリストの民は平安の保証によるよりも、多くの苦難を通じて天国に入る自信を持たなければなりません。





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